ゴローの「思い込み 」

目には見えない「心と体のつながり」を視覚化して、気づいて、あなたが「思い込み」から自由になるお手伝いをしています。「思い込み」という名の呪縛について私なりの「思い込み」を書き綴ってみるブログです。

もう一人のあなた(体)の声を知りませんか?

久々にNESについて書こう!と思い立ったので…

本当はホームページの「NES」や「セラピー」についてのページをそろそろ書き換えないとな~って思ってるんですが、めんどくさがり(8種体癖のせい…?)の性質もあって… ほったらかしになっていますが(;^_^A

 

私が約6年間「NES」を使ってきて、その間に様々な臨床経験や探求・学習を通じてたどり着いた、あくまでも私独自の見解である事をご了承いただいた上で偉そうに述べてみようと思います。

 

これまで「NES」の事を、人間のエネルギーを読み取るシステムだとか、潜在意識の情報を見える化してくれるツールだとか、色々と説明してきたのですが、

 

これって結局…「体の声(言い分)」を知ることができるシステムなんだな~! って最近はシンプルに考えるようになってきました。

 

f:id:goronoomoikomi:20170918145119j:plain

 

潜在意識 = 「体」である!… と言う考えがある事は以前から知ってはいましたが、最近ようやく私の中でも「間違いない!」って腑に落ちてきました。

 

現在の私は、

顕在意識 = 頭 = 自覚できる意識 = 頭としての「私」

潜在意識 = 体 = 自覚しにくい意識 = 体としての「私」

という言葉で認識しています。

「頭」という言葉を「心」という言葉に変えてもいいのですが、「体」にも「心」のようなものがある事は分かっているので、私はあえて「頭」という言葉を使っています。

 

現代を生きる多くの人々は普段、頭の中で考えたり喋ったりしている「自分の声 = 思考」に従って人生を生きているはずです。でもこの「思考」に従って何十年も生きてきた結果が必ずしも自分自身に幸せをもたらすものではない… という事実も痛いくらいに経験済みなのではないでしょうか?

 

なぜ「自分の声 = 思考」に従ったはずなのに人生が上手くいかないような現象を体験するはめに会うのでしょう?。

なぜ時々無性に「自分の声 = 思考」に従いたくない自分がいるのでしょう?。

なぜこの「自分の声 = 思考」は度々自分自身の事を否定したり恥だと考えたり価値がないなどと言うのでしょう?。

なぜ自分自身の声のはずなのに自分では止めることが出来ずに苦しむのでしょう?。

 

実は「思考(考え)」と言うものに「私の思考(考え)」などと言うものは存在していません。冷静になったら分かるはずですが全ての「考え」は、私たちが言葉を覚えて扱いだしてからのちに、親や兄弟、先生や友人、上司や同僚、テレビやネットなど外部から教えられ…刷り込まれ…いつしか信じるようになってしまった…類のものであり、全て「自分の外部からきた考え」であるはずです。

 

つまり私たちは随分と長い間、自分が生み出したモノではない「考え」に無自覚に従いながら人生を送ってきたと言える訳です。結局はどういう「考え」がその時その時の自分にとって、しっくりきたり、役にたちそうだったり、信じるに値したり、生き抜くために必要だったのか…という事だけだと思います。(体癖による傾向もかなり影響しているはずです!)

 

私たちは物心ついた頃から、こうやって自分の頭に刷り込んで信じてしまった「考え」というフィルター(色眼鏡)を通して人生に起きる出来事を解釈し、意味づけをして、記憶してきたはずですが、その記憶とは自分の外部からやってきた信念や想念、価値観や思い込みといったものに汚染された、いわば自分自身にとっては「嘘の記憶」だったりするんです。

 

そろそろこうした「嘘の記憶」による「嘘の自分」として無自覚に生きる事をやめた方が良いのではないでしょうか?

 

では「本当の記憶」や「本当の自分」とでも言うべきものがあるのでしょうか?。それは私には分かりません…。結局はどういう解釈をして、どういう意味づけにして自分の人生をどんな風に物語るのか…という事が「頭としての私」に与えられた最大の仕事であり特権なのかもしれません。つまり人生の味付けは自分次第であると言えます。

 

でも「思考」によって解釈や意味づけをされる前の「あるがままの体験」や「あるがままの自分」を記憶している存在が誰にでもいます。

 

それが「体としての私」であり、潜在意識の情報でもあります。

 

潜在意識と顕在意識のポテンシャルの差は、96 対 4 とも言われるぐらいに段違いです。頭が価値観や思い込みといったフィルター越しに偏った見方しか出来ないのに対して、体はある状況における情報を膨大かつ正確に把握しているスーパーコンピューターのような存在です。

 

そして実は体にも言い分と言うか主張したいものや表現したいものがあるんです。私はこれを純粋動機とか純粋欲求と呼んだりもしていますが、ここに思考の世界にあるような、正邪善悪、好き嫌い、利害損得、勝ち負け、愛憎といった価値判断基準はありません。

 

どうした方がより〇〇か?…みたいな条件付きの動機を持つのが「頭の私」ならば、

ただ、どうしたいか?…という理由のない動機を持つのが「体の私」です。

 

ごく小さい頃は誰だってこの純粋動機を満たしたくて…、それが何よりの喜びで生きていたはずなのですが…、いつからか思考によって分離された陰陽対立の片方のみの価値観を満たすべく生きるようになり、それを願望実現、自己実現だと勘違いするようになってしまっているのが現代社会だと感じています。

 

そろそろ人は「体の私」と「頭の私」の本来の関係を取り戻し、もっと調和したバランスの中で生きるべきなんじゃないでしょうか?

 

「体」はいつも「頭」の事を見つめています。気にかけてくれています。そして「頭」の想いを出来るだけ叶えてあげるべく、けなげにも日々活動して頑張ってくれています…昼も夜も…。文字通り「体を貸して」くれているんです。つまり基本的に「体」は「頭」に従おうとしてくれているのです(自分の方が圧倒的にポテンシャルが高いにも関わらず…)。なのに「頭」は「体」の事をどれだけ気にしてあげているのでしょう?。

 

何となく嫌なのに無理やり何かを頑張っていませんか?

ホントはしんどいのに無理して仕事や家事に追われて無視していませんか?

自分の本音よりも、他者や世間の意見を優先していませんか?

痛みや症状は体からの大事な訴えなのかもしれないのに、薬や何かで抑えたり消し去ろうとしていませんか?

食事や排せつなど日常の何気ない行動をしている時、体と一緒にしてあげていますか?、スマホとかいじりながら…気になる誰かの事を考えながら…食事や排せつは体任せにしていませんか?

 

実は全て私自身もやってきた事です…(;^_^A。自分がいかに「頭」と「体」が別々の事をしながら(させながら)多くの時間を生きてきたかに気づいた時は驚愕しました…(;^_^A。つまり心ここにあらず…の状態で私は何十年も「体」を無視してきたんです。

 

凄~く当たり前の話ですけど…「頭」と「体」は死ぬまで一緒です。本来誰よりもずっと一緒にいて助け合い協力し合いながら生きていかなきゃいけない共同体のような存在です。なのに多くの人の「頭」は過去を悔やんだり、まだ来ぬ未来を心配し過ぎたり、あの人やこの人さえこうしてくれれば、と考えてはあっちへフラフラ、こっちへフラフラと「体」の事をお留守にしています。

 

そんな生き方を続けていても80年ぐらい生きれてしまう私たちの「体」って…、もし私たちの「頭」が「体」と一緒に連れ添って生きる事を実践出来たとしたら…はたしてどのくらい生きられるのでしょう?。「頭」がいつも自分の方に意識を向けてくれて何をするにも一心同体で事をなせたとしたら…「体」はどれだけ嬉しいのでしょう?。もしかしたらそれだけで「体」は凄く元気になって命の炎が燃え盛って、大概の病気など自己治癒力で治せてしまうんじゃないかと思っている私はおかしいのでしょうか?。

 

実は「体」って、まだまだ知られていないとんでもない可能性やポテンシャルを秘めていると思うんです!

 

そんな風に私たちが普段、意識出来ているようで実は全然意識していなかったりする「体の声」を目に見える形で見せてくれ教えてくれるのが「NES」なんです。(…正確には私がそういう視点から「NES」の情報を分析しているって話なんですが…(;^_^A)

 

今私は人生がスムーズに上手くいってる!という方は恐らく、「頭」と「体」が同じ方向を向いて力を合わせて進んでいるのかもしれません。「体の私」もストレスを感じずに喜んでいるかと思います。「NES」が見せてくれるのは必ずその逆の状態なんです。

 

私にとって「NES」は、クライアントさんが今現在の人生において、最も「頭の私」と「体の私」の調和の不一致が起こっているある状況についての情報を、たった15秒程のスキャンで見せてくれるとんでもなく有難いシステムです。しかも絶対に「NES」には嘘がつけません。(※分析する側の私にはいつでも嘘はつけますし、簡単に?騙せもしますが…(;^_^A)

 

私たちは体が無ければ何も出来ません。この当たり前すぎる事実は普段は何となく意識出来ていても、人生の一大事!!みたいな問題が起きるといとも簡単に忘れられて、私たちは無自覚にも「頭の私」に乗っ取られてしまい「考える」という事に膨大なエネルギーを奪われてしまいます。そんな時にも実は「体の私」は他ならぬ生涯のパートナーを救うためにサインやメッセージを送ってくれているのですが…

 

どうも人間はこういう時こそ この大切なサインやメッセージに自分ひとりではなかなか気づけない仕組みになっているようです…(;^_^A

 

あなたがこれからの人生において何を望み、どこへ向かいたいのか?を決めるのはあなたの自由なんですが、「体の私」の協力が得られないまま進んでもいずれ苦しい道のりとなるかと思います。基本的に「頭」に従おうとしてくれる「体」ではありますが、「頭」と言うのは利己的な欲求につかまりやすく誤作動を起こしやすい性質を持っています。その誤作動によって「体」は過酷な状況で「頭」の欲求に応えようと頑張っているんです。まるでブレーキを踏みながらアクセルを踏むように人生を生きている方がどんなに多いことか…(;^_^A

 

どれだけ強力に「頭の私」だけで何かを思い望んだとしても半人分以下の力しか持ちえません。そして当然ながら「体の私」は「頭の私」が苦しむのを望んではいません。これは生涯のパートナーというのもありますが、「頭の私」が生み出したストレスを実際に感じて苦しむのは「体の私」でもあるからです。

 

こんな状態を続けるから…人間は病気にもなるんだろうな~…って思います。

 

だから私は「NES」を使って、あなたの「体」が、あなたの「頭」に対して伝えたい事を探り、2つの「私」に起きている不調和の原因(その多くは頭側の誤作動にありますが…)をみつけ、あなたの「体」と「頭」がこれまでよりも仲良くなって同じ方向を向いて生きていくためのお手伝いをしているんです。(これを自分自身との結婚ともいいます!)

 

gorono-omoikomi.hatenablog.com

 

キネシオロジーなどのようにピンポイントで知りたい情報を探れるようなものではありませんが、「NES」は今現在のあなたにおいて、「体の私」が「頭の私」に対して真っ先に伝えたくて気づいてほしい人生において今一番大事な情報を、わずか15秒でセラピスト側の主観などにも影響されずに正確に見せてくれる優れたシステムであることは間違いないようです。

 

f:id:goronoomoikomi:20170918185254j:plain

 

 

gorono-omoikomi.hatenablog.com

 

 

「体癖講座」開催のお知らせ!

ありがたいことに、ご依頼を頂きましたので今年も「体癖講座」を開催させていただきます!

 

ちゃんと理解して肚に落としていけば、自分平和、そして世界平和にまでつながると言っても大げさではない、大切な活きた智慧となる理論です。

 

f:id:goronoomoikomi:20171005152406j:plain

 

最近では私の探求も進みまして、どんどん体癖論が進化してきました。でも正確には再発見と言った方が良いのかな?。なぜなら私にとって体癖とは、人間という存在に元々組み込まれている大切な仕組み(プログラム)だと思うからです。

 

今年は少しずつリニューアルして分かってきた「私の体癖論」を展開していきます。

体癖論の創始者である野口晴哉氏自身も亡くなる前に、

「体癖論の完成までには300年ぐらいかかるかも…」と、言ったとか、言わないとか…(;^_^A

 

まぁ野口先生自身は、細かいとこまで完璧にこだわる9種体癖でもあったので、もの凄く先の「何か」まで想定していたのかもしれませんが、得てして9種のこだわりってのは…他の人からしたら理解できない意味のないこだわりだったりします…(;^_^A

 

でも、その完成形とやらを別に待たなくっても、体癖論は今でも凄~く役にたつ理論です。

 

実は私が体癖の診断をさせていただくときに良く使う質問があります。

 

「幼い頃のあなたって…どんな子でした?」

「もしかしたら、今と全然違ったりしませんでしたか?」

 

すると・・・「…そうなんです!、ちっちゃい頃は全然違ったんです!」って答えが良く帰ってきます。

 

この幼い頃の記憶にある「自分」や、幼い頃の自分を良く知る人から聞いた「自分」があなたが持っている2つの体癖の内のひとつ・・・

私の言葉で言うならば、これが「体の私(自分)」であります。

 

そして現在、

「…なのに、今はこんなことや…、あんなことになっちゃってて…」とか「ホントに困ってるんです…」などと、考えて、喋っている「自分」がもう一つのあなた・・・

私の言葉で言うならば、これが「頭の私(自分)」であります。

 

この「体の私」と「頭の私」という、2つの「私」がどんな人の中にも必ず存在していて、あなたの内部で時に入れ替わったり、時に協力したり、時にぶつかったり、時に無視したりその存在を忘れられたり、時に一方的な関係性が作られて苦しみの原因となったり・・・

 

人それぞれ、様々な自分ドラマが日々生まれているんです、

あなたの内部で!

 

心理学で有名なアドラーは、「あらゆる悩みは対人関係の悩みである!」と言ってますが、私はこの対人関係の悩みが発生する以前に・・・

 

「対私関係」「対自分との関係」の不調和が、既にあなたの内部で発生しており、慢性化している事こそが本質的な悩みの原因であると考えています。

 

この「対私関係」に気づかなかったり、無視したり、抑圧したりするからこそ、悩みの舞台が「対人関係」へと拡大・発展したり、

何らかの症状や病気へと変化していったり、

もっと言うと… あなたが見ている世の中や、あなたが住んでいる地球の状況にすらも更に拡大・発展したものを体験したり目撃する事になるのでは・・・?、と半ば本気で信じています。

 

ですので… 問題解決のために…

世の中を変えていこうとするのか?

特定の相手や状況を変えていこうとするのか?

それとも自分自身を変えていこうとするのか?

どこから手を付けていくかは、あなたが見ている世界の中で唯一の選択権を持つ「あなた次第」ではあるのですが・・・

 

私は、体癖講座や、NESセラピーを通じた活動によって、

先ずは最小単位でもあり、変える対象がたった一人ですんでしまう、

自分自身との関係性に気づいて、自分との関係を仲良くしていく事から始めませんか?

というお手伝いをしているつもりです。

 

そして「対私関係」と言う最小単位が変化することが、他者や世の中にどれくらいの影響力を持っているか?、どれくらいの大きな変化の渦をあなたの見ている世界に生み出す力を持っているか?を、私たちはまだほとんどと言っていいくらい分かっていないのではないでしょうか?

 

そこらへんの理解のためにも… 体癖論と言うのは、人生にとっても役に立つし、誰にとっても生きる上で必要な智慧だと私は確信してます!

 

とまぁ・・・今年はいきなり最初から大風呂敷を広げながら暑苦しく語っておりますが…(;^_^A

 

 

それでは、体癖講座の日程についてお知らせします。

 

 

先ずは、2月6日(水曜日)

去年も開催させて頂いた、三重県名張市のオーガニックカフェ

「Be Happy!! ちきゅう食」さんに場所をお借りして、

15時からの開催予定です。

住所:三重県名張市滝之原4171

 

f:id:goronoomoikomi:20180424143159j:plain

 

 

続いて、2月17日(日曜日)

いつもお世話になっている、伊賀市の足圧屋

「みやも」さんに場所をお借りして

10時からの開催予定です。

住所:三重県伊賀市上野西日南町1767

 

f:id:goronoomoikomi:20171008135107j:plain

 

 

そして、2月24日(日曜日)

土地も場所も初めての開催になります。野洲市のヒーリングサロン

「ルーマ」さんに場所をお借りして

13時からの開催予定です。

住所:滋賀県野洲市西河原2380

 

f:id:goronoomoikomi:20190108135034j:plain

f:id:goronoomoikomi:20190109220200j:plain

 

最後の写真だけ別世界… ついに体癖講座も海外進出か!?

…って勘違いしてしまうぐらいの素敵なサロンですが…(;^_^A

(ホントにここでやります!、写真だけパクってきた訳じゃありません!)


…我が家と比べて… とても同じ国のお部屋とは思えないほどの、超豪華で贅沢な場所を使わせて頂ける事になりました!

 

私も今回はフランス語とかで体癖を語らないといけないような変なプレッシャーを感じておりますが… 頑張りたいと思います!…(;^_^A

 

参加を希望される方も、くれぐれも気を使いすぎてドレスとかで来られないようお願いします m(__)m(体癖診断の邪魔になりますので…)

 

野洲での開催は初めてですし、実はお知り合いの方も少ないのですが…

もしお近くの方で「体癖」についてご興味がございましたら、是非お声をかけて下さいませ!

 

 

いずれの講座も内容は同じです。

※ 体癖講座の前後?のお時間をお借りして、「NES」の体験会も可能です!

もしご希望の方がいらっしゃいましたら、事前にお伝えくださいませ。

 

 

☯ 体癖講座  in  名張 & 伊賀 & 野洲 ☯

 

【内容】


・参加者全員の体癖診断
・体癖の説明と理解、活用の仕方など
・質疑応答
・A4用紙10枚以上におよぶ体癖参考資料の特典付き


【定員】4名~8名ぐらいまで

【時間】それぞれの日時から開始 約3時間の講座です。

【料金】¥4,000(リピート参加の方は半額でOKです)
 
 
※参加を希望される方は、FBメッセンジャー又はメールにてご連絡下さいませ。

 

天神貴文:nes.tenjin@gmail.com

 

 

 

それから…体癖講座ではありませんが…(;^_^A、

 

1月31日~2月1日に信楽の手づくり森の宿「いろり~な」さんでのワークショップ

「3つの自分と仲良くするワークショップ」

にも ご参加をお待ちしております!

 

f:id:goronoomoikomi:20190118175034j:plain

 

こちらはワークショップのみの参加と、宿泊セットでの参加の、2コースご用意しております。

 

体癖講座の中でも本当は詳しく取り上げたいお話なんですが…

時間の都合上どうしても難しいので、先ずはこのワークショップの場を借りて皆さんとディスカッションしてみたい、個人的には今一番面白くて胸熱なお話です!

 

当日は写真のように雪景色の可能性も大ですが、美味しい食事とお酒に囲まれながら、怪しくも楽しい話で夜通し盛り上がれたらな~と思っております。

 

 

gorono-omoikomi.hatenablog.com

 

出張のお知らせ!(NES体験会・体癖診断…)

信楽の古民家カフェ 「あわいさ」さんに終日お邪魔して滞在させていただきます!

 

日時は、12月19日 水曜日 です!。

 

f:id:goronoomoikomi:20171025125304j:plain

 

お気軽にお声をかけて下されば、「NES」の体験会や、「体癖」の診断、心や体についての相談・雑談などなど・・・

自分自身について…、気になる誰かの事や出来事について…、人間について…、もっと色々と知りたいのならきっと楽しい話が出来ると思います。


ご興味があれば、是非「あわいさ」にてご一緒できたら!と思っております。

 

 

NES」とは私がセラピーにて使用している、人間のエネルギーを測定するシステムです。エネルギーを測定する…って何だか分かりにくいですが…、

簡単に言えば心の中身を視覚化して実際に目で見る事が出来るツールです!

 

f:id:goronoomoikomi:20170918145119j:plain

 

f:id:goronoomoikomi:20170918145152j:plain

 

最近のあなたの 心 のバランスを乱している「ある状態」が、感情面や思考面、トラウマ的側面など…色んな角度から確認できます。そしてその状態が肉体にどう影響を与えるかも…。

 

実際の私のセラピーでは「NES」の見せてくれる情報をもとに、あなたとあなたの人生をストレスフルな状況に追いやっている原因である、体のブロック(トラウマ)や、頭のブロック(想念や思い込み)からの解放をお手伝いしますが、

「あわいさ」での体験コースでは、「NES」による心の本音のスキャニングと、その心の情報の通訳のみをさせていただく形になります。

 

不思議好きなあなたも、怪しいモノは信用ならないあなたも…、1回体験してみれば「NES」の凄さを実感できると思います。初めての方はもちろん、NES経験者も最近の自分の心の状態やバランスを確認しに来られませんか?

 

 

そして「体癖」とは、全ての人が先天的に持っている体の癖(プログラム)であります。その体の癖が実は体格や体質のみならず、行動パターンや性格までをも支配している事を的確に理解できる優れた理論です。簡単に言うと… 

 

あなたの内部には「体としての自分」 と 「頭としての自分」が存在しているんです!

「感じている自分」 と 「考えている自分」

「実際に行動して体験している自分」 と 「その体験に意味付けして解釈している自分」

と言っても良いかもしれません。

 

この2つの自分(体癖)の組み合わせで、あなたの行動癖や思考癖と言ったパーソナリティが決定されています。

 

診断の内容としては「体癖」の仕組みについての簡単な説明の後、あなたのキャラ設定に大きな影響を与えている体癖と、その組み合わせを診断していきます。

 

f:id:goronoomoikomi:20171005152406j:plain

 

まさに自分自身の「取扱い説明書」でもあり、人間理解においてもバイブルになり得る体癖論を知らないまま生きるのは本当にもったいないですよ!


体癖を初めて聞いた方も、知っているけど自分の体癖が良く分からない…という方も、先ずはお気軽に診断を受けてみませんか?。体癖さえ分かればあなたの大体の性格や悩みまで当ててみせますから(笑)。(簡単な資料もお付けしようと思っております!)

 

 

NES体験:約30分 ー ¥2,000

・ 体癖診断:約1時間 ー ¥2,000

・ ご相談:約1時間  ー ¥1,000

(※ NESのこと、体癖のこと、心や体の悩みについてなど・・・私で力になれる事なら何でもご相談に応じます!)

 

※上記料金と合わせて、「あわいさ」さんにて何か1品ご注文して頂きますのでご了承下さい!

 

当日あわいさ店内で、パソコンをいじっているか、読書でもしている “おじさん” を見かけたら、気軽に声をかけて下さいませ!<m(__)m>

 

 

gorono-omoikomi.hatenablog.com

 

 

新興宗教…「川島を変えろ教団」

私は今、強烈な「想念や思い込み」と闘っています。

 

今回はかなりの強敵でいまだに悪戦苦闘中ですが、恐らくはこの敵と戦っている人々が今、日本中に沢山いるのではないか?・・・と確信しています!

 

私が闘っている敵(想念や思い込み)とは・・・

 

西野監督は川島(GK)を変えるべきだ!」という思いです…(;^_^A

 

f:id:goronoomoikomi:20180625142153j:plain

 

ちなみに私はサッカー観戦歴は長いですが、プレーさせると下手くそ極まりない、いわば「言うだけ番長、口だけ番長」です…(苦笑)

 

なのに偉そうに日本代表がどうあるべきか!について考えを巡らせてはエネルギーを消耗しています。私がそれをいくら考えても なにも社会に役立つものを生み出さないのに…

 

それでも私には、今日本中を覆っているであろう強烈な想念のエネルギーを感じています。

 

「次の試合こそゴールキーパー変えた方がいいんじゃないの!?」と言う、集合意識的な想念の巨大な渦を・・・(もしかしたら世界中がそう感じているかも…とすら感じています…)

 

そして… この考えを信じている時の私は、自分自身と離別しています。

 

今の自分自身が何をすべきでどうすべきか?よりも、海の向こうのロシアにいる、全くお会いしたこともないし全く関係もない西野監督が、「これからどうすべきで、どうすべきじゃないのか?」について、自分の貴重なエネルギーと時間を無駄に消費しています(それは私の仕事じゃないのに…)

 

つまり自分自身を生きることを忘れて、まるで西野監督の人生(物語)を生きようとしている訳です。まるで白昼夢に浸っている訳です。

 

ちなみに私がこの「次こそ川島を変えるべき!教団」に入信したのは、先日の第1戦のコロンビア戦を見てからです。個人的にはあり得ない(と私が信じている)ミスから相手フリーキックによる得点を許してしまってからです。(それ以前のテストマッチでもヘマをやらかしていたようですが…)

 

試合後に良くスポーツニュースをネットで見るのが私の癖なんですが、自分と同じ意見の方が沢山いることに同調して、「やっぱりみんな、そう思うよな~!」的な妙な連帯感に包まれて、

 

まるで急速に拡大を続ける新興宗教組織の幹部にでもなったかのように、「頼むから川島を変えろって!」「西野監督お願いだから!」という有難いマントラを熱心に信じて唱える信者のような存在になっておりました…(;^_^A

 

そして迎えた昨晩の試合前、スタメンの発表をみて・・・

 

「おいおい西野監督・・・ なんでやねん!!!(# ゚Д゚) 」って怒りと落胆の入り混じった嫌~な気分に自分自身をさせていました。

 

すると開始11分に私(私たち信者)の期待?に見事に川島選手が答えてくれる訳です… 今回も個人的にはあり得ないと思えるミスで…(苦笑)

 

まさに自分が信じた通りの結果を受け取る事になってしまいました。

 

一夜明けた今でも… わかっちゃいるけどやめられずに、頭の中での川島批判、西野批判が騒いでおりますが、これってかなりの信者がいるはずの「想念や思い込み」なのではないでしょうか?(サッカーに興味のない方には全く関係ない話ですが…)

 

まさにワールドカップ期間中と言う特殊な状況の中、ここ数日で急速に拡大して力を得た「強烈な想念のエネルギー」にサッカー好きのみんなが憑依されてしまい、それぞれが本当にやるべきこと、自分のエネルギーの注ぎどころすら忘れてしまい、西野監督や川島選手という他人の領域に首を突っ込んでは「あれやこれや」とジャッジをしたくなります。

 

日本代表のGKを誰が務めるかどうか? について考えて決断を下さないといけないのは日本代表監督である西野さんであり、

 

私が無数に持っている「想念や思い込み」の集団の中から自分自身が幸せであるために、どの「想念や思い込み」を代表として採用するか? について気づいて選択を下さないといけないのは私と言う存在の監督である私自身であります。

 

「頼むから川島を変えろって!」「西野監督、お願いだから!」って考えを採用する(考え続ける)ことで、私自身がハッピーで幸せな気分でいられるのなら別に構わないのですが、

 

その考えを採用することで、イライラしてヤキモキして、ましてや自分が不安視していた事が再度現実になったりしたら…「ほら見た事か!!!」って感じで火に油を注ぐようなストレス状態で悶々としているならば…

 

その責任の所在はいったい誰にあるのか? 

自分は今、誰の領域に首を突っ込んでいるのか?

それは本当に自分がする必要がある事なのか?

今、誰が誰に何をした方がよいのだろうか?

などなどに気づかないといけないタイミングな訳です。

 

私や多くの日本国民が何を考え何を言おうが、それがいかに正しい考えで、もっともな意見だと主張しようが、「次の試合を川島でいくか?、いかないか?」を決める責任と権限を持っているのは西野監督しかいないのです

(残念ですがこれが現実であり真実です…(;^_^A)

 

なのに人間(私)ってやつは… こういう事をいつまで経ってもやめられません。もし次の試合でGKが変わっていたりしたら「ほ~ら、俺が言ってた通りになった!」などと、さも自分の意見が西野監督を突き動かしたかの如く思ったりするもんです…(苦笑)

 

だからこそ、私たちが決して忘れちゃいけないのは…

 

サッカーの日本代表監督は西野さんであり、

 

私の想念や思い込み達の代表監督は私自身である、という事だと思います。

 

人はみんな好き勝手に、言いたいことを言い、思いたいことを思うのは当然なのですが、その結果として自分をストレスフルな状態に追いやっている責任の所在は、自分自身にしかない!のです。

 

しかもそもそもコントロール不可能な他人の領域を操作しようと無駄に骨折ってまでストレスを感じようとしています… いったい何をやっているんだか…(;^_^A

 

だからもう 西野監督になろうとするのは程々にして、私は私の仕事(自分自身になる)に戻ろうかと思います…(;^_^A

 

でも好きな対象であればあるほど、正気に戻るって難しいのも事実ですね~。私にとってはワールドカップの観戦はそれに当たります。

 

願わくば西野監督が「捻れ体癖」でない事を祈っております!

 

今現在、ネットやニュースを見ると私と同じ「川島を変えろ教団」の熱心な信者であろう方々(国内外問わず)が、それぞれが信じるマントラを唱えて西野監督を操ろうとしているようです。

 

でももし…西野監督が「捻れ体癖」で、ましてや権力に抵抗しやすく弱者に共感しやすい8種だったりしたら… マントラを唱えれば唱えるほど西野監督は「いやっ! 次もやっぱり川島で…」って事になりかねませんから、

 

なにとぞ… 第3戦の日本の勝利のためにも西野監督の領域に踏み込むのは程々にして貰いたいもんです…

 

な~んて考えてる私もまだまだ、はるばるロシアにいる西野監督の人生(選択)にお邪魔することをやめられないようです…(;^_^A

 

人間ってのは… 本当に困ったもんです!

 

gorono-omoikomi.hatenablog.com

 


私的「この世の真実」 ~私は世界…世界は私… の意味②~

実は私たち人間は、決して「あるがままの世界」や「あるがままの相手」を見る事は出来ない!・・・

 

それには2つの理由があり、その1つは前回お話しました。

 

gorono-omoikomi.hatenablog.com

 

つまりは私たちが普段見ている世界の実態とは…、五感を通じてキャッチされた様々な情報と記憶を自分の脳内で再構成して、自分の内側にある「超々体感型立体スクリーン」のようなもので体感・実感している内部表現の事である…、というお話をしたのですが、

 

私たちはこういった内部表現に対して更に「自分の考え」つまり「想念や思い込み」といった思考を被せて世界を認識しています。

 

これが私たちが「あるがままの世界」や「あるがままの相手」を見る事が出来ないもう一つの理由です。

 

厳密には自分ひとりしか存在していない自分の内側の内部表現(世界)の中で、誰かや何か、出来事や世界全体に対して、自分が信じている「想念や思い込み」というフィルターを被せて世の中を認識している訳です。

 

「想念や思い込み」というフィルターとは別な言い方をすれば、誰かや何かに対して判断や認識や意味づけをするための基準のようなものであり、人それぞれの感受性の中心でもあります。

 

まさに各々が様々な人物や物事を、様々な「色眼鏡」を使ってみている事になります。

 

そのメカニズムたるはまさに今はやりの「バーチャルリアリティー」の世界の住人になっているような気もします。

 

f:id:goronoomoikomi:20180612201049j:plain

 

私のイメージでは「肉体と言う超高性能なゴーグル」的なモノを装着して世界を認識し体感している感じですが…

 

そしてこの内部表現の中で出会う人や、遭遇する出来事に対して

 

「やっぱり… あの人は冷たい人だな~」とか

「また… こんな出来事が起きたのは、つまり自分が無能という意味なんだ…」とか

「あの人はもっと私の事を理解して受け入れなければならない!」とか

「こんな出来事は私の人生に起こるべきじゃなかったんだ!」とか

 

各々が自分の感受性の傾向に従って、好き勝手に解釈や認識し、そして意味付けをした事を信じてしまいます。

 

本当はその人がどんな性格でどんな考えを持った人なのか? なんて事は本人にしか知りようがないのに…(本人も分かってない事も多いですが…)

本当はその出来事が自分の人生にとってどういう意味や価値があるのか? なんて事は神様?みたいな存在にしか知りようがないのに…(実は他の選択肢もあるのに…)

 

思考は好き勝手に受止め、認識して、解釈して、作り上げた想念や思い込みによって意味付けされた物語(妄想)を信じて生きていく羽目になります。

 

厳密には自分一人しか存在しない内部表現という世界の中で、誰かに出会い、何かに遭遇していると錯覚してしまい…

 

厳密には誰かについての「自分の考え」に出会い、何かについての「自分の考え」と遭遇しているだけなのに、さも誰かや何かの方にこそ問題の原因があるように錯覚してしまい…

 

つまり…

 

gorono-omoikomi.hatenablog.com

 

上記の記事みたいな事が人間関係のみならず、人生の全てにおいて起きているのが真実なのではないでしょうか?

 

だからこそ・・・

 

あなたは生まれてからこれまで、リアルには誰1人とも出会っていないし…

 

あなたは生まれてからこれまで、どんなに受け入れがたい出来事があったにしても、あなたの内部表現の中には全ての出来事が既に完璧に受け入れ済みでしたし…

 

誰かに出会い何かに遭遇した事は実は一度もなく、内部表現における誰かや何かについての「あなたの考え」にしか出会った事はなく、遭遇したこともないし…

 

誰かや何かが あなたの問題となった事は実は一度もなく、内部表現における誰かや何かについての「あなたの考え」しか あなたの問題となったことはない! と言うのが真実なんです。

 

凄く分かりにくい話かもしれませんが、私たち人間とは

 

自分自身の内部表現の中で、自分の考え(想念や思い込み)としか出会っていないとも言える訳です!

 

つまりは「あるがままの世界」や「あるがままの相手」を見るどころの話ではなく…

まるで白昼夢を見て過ごし、白昼夢の中で死んでいく…(肉体の死ですが…)

ような事でもあり、

 

だからこそ私たちは正気に戻る必要があるのではないでしょうか?

 

人はなぜ生まれてきて、なぜ生きていて、なぜ死んでいくのか…

 

私もいつからかこんな事を考える歳にもなりましたが、ここにこそ答えがあるような気がして探求している真っ最中です。

 

こんなお話をいつか沢山の方たちと出来たら… と私の内部表現の中で私は妄想している真っ最中です…(;^_^A

 

 

gorono-omoikomi.hatenablog.com